
父「なんで生きているのか?」
子「夢オチだったりして」
人生に辛くなるとそう思ってしまいがちですが、
当然ながら考えても結論は出ない。
何かしら信じ込んで生きるしかないという。

ほとんどの動物は何も考えていないだろう。
猫を見ていると「なんで生きているのだろう?」と考えているようには見えない。
ただ生きている。それを普通と思い、苦には思わない。
猫としての地球上の役割や目的なんて考える猫はいない(多分)。

動物の行動源は「苦」です。
「苦しみから逃れるために生きる」ものと説かれました。
息を止めると苦しい、だから息をする。
食べないと苦しい、だから食べる。
そんな苦から逃れて生きるのが人生です。
だから、苦から解放されるともうこの世には生まれてこないとされます。
本来、仏教は苦から逃れるために修行をするものです。

種の繁栄のために生きるのが生物です。
とにかく子孫を繁栄させ、地球上により長く生き残る。
進化論が正しければ、元はみんな同じ種です。
生き残るために様々な生物に変化しているだけ。
人類は人類を繁栄することだけを考えれば良い。
猫は猫が繁栄することを。
とにかく進化により得た能力を一生懸命発揮するのみ。
そうして絶滅すれば、それは仕方ないことです。

社会での役割を果たすのみ
人類は社会生活にて生きる生物です。
そのため、それぞれ違う役割にて助け合い、協力しながら生きています。
自分の役割は何か?それを見つけるのが人生であり、仕事です。
「なんで生きているのか?」答えが無いようで、答えがある質問。
役割を持つというのは、社会の役に立つということ。
だから、人間は役に立つと嬉しい気持ちになる。
とりあえず、生きる意味がわからない人は、
「社会の役に立つ」ということだけを考え行動をすると良いと思います。
それが個々の責任でもあります。
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ただ、考え方がちょっと違うと危険でもあります。
「人のためになる仕事」という発言が危険な理由
何事へも尊敬する心が大事。
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以上、「なんで生きているの?」という疑問に多分正論で答える。でした。

「おくびにも出さない」
あまり聞かない言葉だと思います。
では、「おくびにも出さない」とはどういう意味なのでしょうか?

心中で考えていることを隠し、口にも出さず、そういう素振りも見せないこと。
実はかなり悩んでいても、そのことを隠してそのような素振りすらないように振る舞っていることを言います。
「あの人は、リストラの対象になっていることをおくびにも出さない」などで使われる言葉です。

おくびとはゲップのことを言う。
「おくび」とは胃に溜まったガスが口の外へ出るもの、つまり「ゲップ」のことを言います。
「おくびにも出さない」とは、ゲップを人前で出すことは行儀の悪いので出さないようにしたことから
ゲップ、つまり「心の中の秘めた事」を出さないようにということで「おくびにも出さない」となったのではないかとされています。
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以上、おくびにも出さないの意味と語源とは?でした。

十分と充分同じ読み方の漢字がありますが、
この2つの違いとは何なのでしょう?
漢字としての意味でしっかり解説します。
なお、日本ではほぼ「十分」を使います。
「充分」は一般的ではありません。

100%のことです。
不足が無い状態(100%)のことで、
その意味から「これ以上無い」や、「不足の無い」、
「思い残すところのない」などの意味で使われます。
元々の意味は「十に分ける」となり、十等分を意味します。
「分」は10%の意味なので、「十分=100%」となる。
※○割○分○厘という使い方では1%になるが、これは特別。
「腹八分」など、10%という意味で使うのが正しい。
中国語としては、「最高に」や「これ以上無い」という強調の意味でよく使われます。
その他日本語での「十分」の意味では「充分」が使われる。

「足りない分をあてる」という意味です。
「充」の漢字の意味としては、「お腹がいっぱいになった人(もしくは肥満な人)」を表す文字です。
そのため、「充たす(みたす)」「充てる(あてる)」という意味になりました。
「分」は10%。それを「あてる」ということは、
「不足した分を充てる」という意味になります。
その結果、100%になるので、「十分」と同じ意味として使われています。
ただ、やはり意味が違うので、実際には中国語のように使い分けるのが正しい。
「充」は「充填(はめて充たす)」、「充電(電気を充たす)」など、
減ったものを足して100%にする意味で使われます。
これらは「~する」という使い方になるので、
「充分」も本来は「充分する」や「充分中」という使い方になるはず(不明)。
繰り返しですが、中国語では「充分」を使います。
某Q&Aサイトで「当て字だ」とか言う人もいますが、それは無いと思う。
<1、二重表現に気を付けたい>
「十分満足」は訳すと「100%満ち足りる」になり二重表現でおかしい。
「100%満足!」は正しいようにも思えますが、
そもそも「満足」が100%足りている状態なので、「100%100%足りている」となる。
ただまぁ、強調の表現ですね。「最高に満足です」というのと同じです。
現代は「満足」が「理想のことが少しでもできた」くらいの意味に変わってきているよう感じます。
「十分です」「満足です」も、意味はほぼ同じ。
ただ、「十分」は「何が100%なのか?」がわかりにくい場合があるので、
「この金額で私の望みは十分です」と、略さずに言うようにしたい。
「充分満足」の場合は、
「減ったものを充てて、満ち足りた」となり、「どうやって満ちた?」の説明となる。
ただ、「お腹いっぱい食べて満ち足りた」と、「充分」を具体的に説明するのが自然。
<2、「十分」と「充分」は「不」で考えるとわかりやすい>
「不十分」は「100%ではない」。
「不充分」は「分を充てられていない」。
「そこそこは満足したけど、99%かな。」という場合は、「不十分」が合う。
「求めていたものと全然違う!」という場合は、「不充分」が合う。
100%に足りていないのか、
そもそも全く充てられてもいないのか。
どちらを使っても正しいですが、このあたりで使い分けを考えたい。
「100%」か「減った分を充てる」のか。
熟語としては別の意味ですが、
現在は「十分」に統一されています。
でも、使ってはいけないということはない。
最後に、例文と意味でさらに理解を深めよう。
※漢字の意味としての直訳です。
「これで十分。」
→これで100%。
「これで充分できたな」
→これで足りない分を充てられたな。
「松坂牛を食べられたら私の願いは十分です。」
→私の願いは全て満たされます。
「松坂牛を食べられたら君の願いは充分になるか?」
→願いが叶うことになるか?
ただし、言葉で発すると違いはわかりません。
というところから、「十分」の意味で統一されているのだと思います。
文章で書く場合のみ、一応気にかけておきましょう。
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また「手ぐすねを引く」という言葉も、十分に用意して待ち構えるという意味がありますが
この手ぐすねの語源が何か知っていますか?
・手ぐすねを引くの意味と語源とは
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以上、漢字の意味から理解!「十分と充分」の違いとは?でした。
独自の調査&解説なので、十分な内容ではないと思います。
雑学程度の信頼度での信用をお願いいたします。